かけがえのない家族、いつも私を元気づけてくれたチワワの愛犬モカとの別れ|不登校・鬱を支えてくれた10年間の体験談
あなたにとって「愛犬」とはどんな存在ですか?「癒しを与えてくれる存在」「寂しさを埋めてくれる存在」……さまざまな回答があると思います。その中でもやはり「かけがえのない家族」と答える方が多いのではないでしょうか。私ももちろんそう考えているのですが、愛犬のモカを迎え入れる以前は「お金と労力と責任もかかる重大なこと」だと思っていました。何故なら、生き物の命を預かることは非常に責任のあることだということを知っていたために、「自分のこともちゃんとできない私ができるはずがない」と思い込んでいたからです。しかし突然の愛犬との出会いによって、このような考え方や愛犬という命との向き合い方、そして自分の生き方についても考え直すようになりました。そんな私の人生観を変えてくれた、私の大好きな愛犬についてのお話です。

突然訪れたチワワとの出会い
私が小学校5年生の頃の話です。当時、私は学校でいじめられており、不登校になっていました。見かねた両親が気晴らしにと大型のイオンモールの愛犬ショップに連れて行ってくれました。私はただ両親がアニマルセラピーとして私を癒そうとしてくれているだけだと思っていたため、普通に愛犬ショップにいる犬を眺めていました。その中でも印象的だったのは、他の犬と比べてひときわ元気がなく、抱かせてもらっても大人しい茶色と白色のチワワでした。
そんなチワワを見た瞬間、両親から慰められても元気を出せない自分と重なってしまい、放っておけませんでした(実際はただの風邪だったらしいのですが)。その時は全く迎え入れる気はなかったのですが、その子のことをずっと気にしているのを父は察してくれ、そのまま迎え入れることになりました。帰りの車内では名前を何にするかで悩みましたが、茶色と白色の毛並みのメスでしたので、父の提案の「ゴンザレス」を却下し、「モカ」と名付けることにしました。
かなりやんちゃだったモカ
しばらく風邪薬を処方させ、元気になったモカは可愛いいたずらばかりしていました。私の部屋に入ってぬいぐるみを物色し、気に入ったものがあれば勝手に自分のケージの中に迎え入れたり、散歩中は見かけた野良猫に対して私の後ろで威嚇したり……かなりやんちゃで武勇伝の絶えない子でした。
特に印象的だったのは、公園で散歩していた日のことです。私がモカを連れて散歩に行っていた公園は野良猫がとにかく多かったため、よくモカは猫を追いかけていました。ベンチで一息つきリュックから水筒を取って飲む、その程度の時間しか経っていなかったのですが、モカが突然消えたのです。かなり広く自転車も通らないような公園なので交通事故に遭っている可能性は極めて低いと考えて公園中を探し回りました。
しばらく探していると、なんと小さくて浅いドブ川に落ちて岸辺に前足を乗せて、物凄く申し訳なさそうな顔で見上げているモカの姿を見つけました。脚を骨折していないかすぐに確認しましたが特に問題なさそうで一安心。それにしても何故そんなところにいるのかと思っていると、ドブ川の向こうで頑張って逃げている野良猫が見えたのです。恐らく野良猫を追いかける最中、猫は持ち前のしなやかさでドブ川の向こうへと飛び移り、それを見たモカは「似たような骨格の自分でもできる!」と思ってしまい、同じように飛び移ろうとして失敗したのでしょう。
ドブ臭いモカを引き上げ急いで帰ってお風呂に入れてあげた後、モカは「もう!!無茶したらダメでしょ!」としこたま母から叱られていました。かなり申し訳なさそうな顔で自分からケージの中に閉じこもっていたのが印象的でした。

明るさで私を支え続けてくれたモカ
モカは非常にやんちゃで困らせることも多い子でしたが、それでも私たちに確かな光をくれていました。学校でのいじめが落ち着き、それでもなおトラウマを抱えて一人で泣くことが多かったのですが、モカは必ずそばに寄り添ってくれていました。一人で閉じこもってずっと泣いていた時はモカは母の気を頑張って引き、私のそばに連れてきて知らせようとしてくれたり、鬱が悪化して発狂してしまった時はずっとそばにいてくれたりしていました。それだけでなく、私が眠れない日も、わざわざ起き上がって寝かしつけてくれました。ここまでくると、どちらが飼い主なのかわかりませんね。そのような面倒見のよい子でしたので、つらい時はすぐにモカに頼るようになりました。
私の成長と自立
高校生になり、私はモカや、モカに構っている時の明るくなっている自分のことも好きになっていきました。好きな明るい自分をもっと表に出したいと思い、高校デビューのつもりで明るく振舞うようになりました。そのおかげか、彼氏やたくさんの友達ができるようになりました。私が落ち込んでいるとすぐに気づいてくれる優しい人ばかりで、いつも相談に乗ってくれたり愚痴を聞いたりしてくれていました。以前まではモカに愚痴を聞いてもらったり慰めてもらったりしていたため、徐々にモカに頼るよりも人間の友達や彼氏に頼るようになっていきました。そうしていくうちに私は人間不信が段々と改善していき、モカもあまり私に構おうとはしなくなっていきました。母曰く、友達や彼氏と通話などで話している姿を見てモカは安心していたようです。
モカから託された想い
モカが10歳になってしばらく経った、とある夜中のことでした。モカが排便していた際、排便できた瞬間に突然倒れてしまったのです。以前から咳がひどく、病院に行っても何も言われなかったため問題ないと油断していました。とりあえず両親が病院に行く準備をしている間、私は必死にモカの心肺蘇生をしていました。車の中に入り込み必死に「お願い、起き上がって、モカがいなかったら私ひとりぼっちだよ」とモカに叫び続けました。帰る頃にはきっと元気になって私の膝の上でくつろいでくれると信じていたから。
その時、何となく声が聞こえたのです。「そんなことない、もう私がいなくても大丈夫。」その声が聞こえた瞬間、モカから温かさが消えていきました。信じたくないという想いで病院に駆け込みましたが、モカは私の膝の上で眠るように旅立ってしまったのです。帰りの車内は恐ろしく静かで、寂しいほど暗く感じました。
心の中で誓った約束
翌日、悲しみに暮れて一睡もできないまま、モカの家族葬を行いました。葬式場に向かう間、何度も何度も心の中でモカにお礼を言いました。
泣いている時、いつもそばにいてくれてありがとう。
眠れない時、寝ていたのにわざわざ起き上がって、面倒くさそうに私を寝かしつけてくれてありがとう。
自傷行為しようとしていた時だけ決まって私のそばについてきて止めに入ろうとしてくれてありがとう。
さまざまな感謝の念を送っていると、今までどれだけモカに頼ってきたかを今更ながら自覚するようになりました。そして、また昔のように自分の短所を責め続けて心を病んでしまったり、落ち込んでしまって誰にも打ち明けずに引きこもってしまったりすると、モカも安心して成仏できないのではないかと思いました。そのため私は火葬場に連れていかれてしまうモカをまっすぐ見つめ、約束しました。「絶対に、モカを安心させられるくらい強くなるから、約束だよ!」と。これからはモカが安心できるような生き方をするぞ、ということを心の中で誓い、私は涙を流しながらモカとお別れしました。
愛犬との別れ、最後に
「愛犬を迎え入れる」ということは、必ずしも「ただ癒されるだけ」というわけではありません。癒しの先に何かを得られ、一緒に成長できます。それがインコであれ、猫であれ、犬であれ、変わらないのではないかと思います。大好きな愛犬とのつらい別れが来てしまい、元気を出せない方もいらっしゃると思います。それでも、悲しみや後悔ばかりの気持ちで愛犬との別れを迎えないであげてください。もしもあなたが大切な人と別れる時、ずっと謝られると逆に罪悪感が湧いてくるのではないでしょうか。恐らく愛犬も同じ気持ちになるのではないかと思います。つらい別れを経験したことがあるなら、ぜひ愛犬との幸せな思い出を思い出してみてください。きっと旅立った愛犬も報われるはずです。
ご覧いただきありがとうございました。